历史故事-【“推敲”一词的起源】

  贾岛是一千三百多年以前的唐朝时唐代一位著名的诗人。他做诗很肯下(xià)功(gōng)夫(fū)。他的诗每一句甚(shèn)至(zhì)每个字都是经过仔(zǐ)细(xì)琢(zuó)磨(mo)的。相传“推(tuī)敲(qiāo)”这个词语就是由贾岛的故事演(yǎn)变(biàn)而来的。

  有一次,贾岛做了一首诗,诗里面有这么一句:“僧推月下门”(「僧は月下の門を推す」)。写好以后,他觉得第二句里面的“推”字,念起来不够(gòu)味(wèi)儿(er),想改成“敲”字。可是,他又想了想,觉得用“推”字也还可以,不(bù)一(yí)定(dìng)要改成“敲”字。就这样,他一会儿觉得用“推”字好,一会儿觉得用“敲”字好,一(yì)直(zhí)决定不下来。他白天黑夜都在想着这句诗,甚至走路的时候,也一边走,一边做着推门和敲门的手势,仔细考虑到底用哪一个字更好些。

  有一天,贾岛走在大街上,正在一推一敲地比(bǐ)划(hua)着,不(bù)知(zhī)不(bù)觉(jué)撞(zhuàng)着了一个迎(yíng)面(miàn)而来的大官。这个大官就是有名的文学家韩愈。韩愈问明了原因,想了一阵,对贾岛说:“在这句诗里,用‘敲’字比用‘推’字好,能够体现出月色下有回(huí)响(xiǎng)的风情。”贾岛得到了韩愈的指(zhǐ)点(diǎn),心里很高兴,便决定把自己的那句诗改成“僧敲月下门”。

  人们听说了这件事,都称(chēng)赞(zàn)贾岛是个肯下苦功夫的人,并且用“推敲”这个词语来表示反(fǎn)复(fù)思考斟(zhēn)酌(zhuó)的意思。

重点单词:

下(xià)功(gōng)夫(fū):工夫する、苦労して尽力する

甚(shèn)至(zhì):極端な事例を挙げて「…である」と強調し;…さえ,…すら

仔(zǐ)细(xì):注意深い,こまやかである,細心である,綿密である

琢(zuó)磨(mo):手を加えて美しくする,更に磨きをかける

推(tuī)敲(qiāo):推敲する,字句を練る

演(yǎn)变(biàn):変化する,変遷する,推移する

够(gòu)味(wèi)儿(er):(文章などの意味が)味わいが深い,玩味すべきものがある

不(bù)一(yí)定(dìng):(部分否定)…する・であるとは限らない,…する・であるかどうかわからない

一(yì)直(zhí):(動作・状況が終始途切れず)絶え間なく,ずっと

比(bǐ)划(hua):手まねをする,手ぶりをする,身ぶりをする

不(bù)知(zhī)不(bù)觉(jué):知らず知らずのうちに,いつの間にか

撞(zhuàng):(大きな物が激しく)ぶつかる,(物体で物体を)打つ,衝突する

迎(yíng)面(miàn):面と向かう,真正面から

回(huí)响(xiǎng):反響する,木霊する,響く

指(zhǐ)点(diǎn):(学生・青年になすべき方法,進むべき方向などを)導く,教える,示す,指示する

称(chēng)赞(zàn):褒めたたえる

斟(zhēn)酌(zhuó):(字句・文章・構成などが適当かどうかをじっくりと考える,吟味する

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