「仏跳牆」の伝説

 中国の食文化は歴史が長く、「仏跳牆」は中国東南地区の看板料理で、中国では誰でも知っています。この料理は聞いたことがありますか?

 「仏跳牆」は、陶器の壺に十数種類から数十種類の乾物を主体とする高級食材と水や酒を入れ、数時間あるいは数日間にもわたって煮込み、もしくは蒸し煮をして作られる高級料理です。乾物の戻しなど、食材の下準備に2、3日~1週間かかります。グルメドキュメンタリー「舌で味わう中国」では、仏跳牆を紹介し、「高価な原料で、複雑な過程で、海鮮料理の塔の先に立っています。様々な海産物の乾物は、次々と泡立てて、下ごしらえで炒めて、とろ火で煮て作って、海鮮の中で最も魅力的な味が再び追い立てられます。」数年来、仏跳牆はずっと高級な料理の代表で、“天下第一スープ”と誉められて、トップクラスの宴会の上でしか現れません。

 さて、仏跳牆は誰が発明したのですか?諸説ありますが、主に、仏跳牆は百四十数年前に鄭春髪という有名な料理人が発明したという説があります。当初、福州の役人が家で客をもてなすために、鶏肉、アヒル肉、豚肉など20数種の材料に、紹興酒を加えて壺で煮込んで肉料理を作りました。弱火でゆっくり煮込んで作った料理は、特に柔らかくて柔らかいでした。生臭物の料理ですが、油で飽きることはありませんでした。スープでも油ぎっておらず透き通った見た目をしていました。お客さんたちは食べてから、大絶賛しました。料理の名前を聞きましたが、「福寿全」と答えられました。この名前は「福寿双全」という美しい願いから由来していました。

 役人に同行した料理人の鄭春発が食べて、このうまさに惚れ、自分で研究改良した結果、多くの海産物の干物を加えると味が勝ることを見いだしたといいます。その後、鄭春髪は自分で料理屋経営して、この「福寿全」を看板メニューにしました。ある時、何人かの秀才が料理屋に集まって飲んで、「福寿全」を食べてから、しきりに叫んでいました。その中の一人は「壜啓葷香飄四鄰、仏聞棄禅跳墻來(壺を開けると動物性の香りが辺りにただよい、仏も嗅げば禪の道を棄てて壁を飛び越えて来る)」という詩を作りました。鄭春はそれを聞いて、菜名を「仏跳牆」と改名しました。

 古くは「仏跳牆」に必要な食材の値段が高かった上に、調理時間が長かったので、庶民の方は調理法がわかっていても、作ることができませんでした。ですから、昔「仏跳牆」を食べられる人は、ほぼ財産と権勢が両方ある人です。しかし、今は各種の台所の電気製品があるので、「仏跳牆」の食材と調理の手順も簡略化されました。この料理は神秘的なベールを脱いでしまいました。皆さんは福建に旅行に行くなら、この伝承百年の看板料理をぜひ食べてみてください。キーワード:東京、池袋、中国語教室、中国語、東京、池袋、中国語教室、中国語、東京、池袋、中国語教室、中国語、東京、池袋、中国語教室、中国語