中国の白酒好きならこの人を知らないと!

 中国の「白酒」といえば、沢山の銘柄があります。世に名前を馳せる茅台máotáiとか、五粮液wǔliángyèとか。中国語では美味しいお酒のことをこう言っています:“何以解忧,唯有杜康”「煩悩を忘れさせるものといえば杜康しか考えられない」。ここの「杜康」はもちろん酒の名前ですが、でも実はもともと杜康は醸酒の始祖であり、比喩の表現で杜康という名前も美酒の代名詞となっています。

 伝説によりますと杜康は黄帝の命を受けて穀物生産の仕事を担当していました。ある日、杜康は林の中で数本の枯れた大木を発見しました。大木の樹冠はすべてなくなり、空洞の幹のみが残っていました。彼はとっさにひらめいたのです:穀物をすべてこの幹の空洞に入れれば、安全安心省スペースでしかもカビも生えなくて、こんないい場所がないんだろう。そして、彼らは林の枯れた大木をすべて整え、収穫した穀物をすべて中に収めました。この穀物保管法は2年ほど用いられました。

 ある日、杜康が林に穀物の保管状況を見に行くと、2頭のヤギが地面に倒れているところを目にしました。杜康は走って近づき、近くのつぶさに木の根を観察すると、なんと穀物を入れた枯れ木から絶えず外に液体が滲み出していて、杜康が香りを嗅ぐと、滲み出した液体からよい香りがするので、思わず一口舐めました。少し辛みがあるがとてもおいしいので、我慢できずに数口飲んでいました。一口では何ともなかったが、少しすると天地がぐるぐる回り、とうとう倒れて眠ってしまいました。

 彼が目を覚ますと、精神が充実し、体中にエネルギーが充ちあふれるように感じました。彼は自分が体験した事をすべて皆に話して聞かせ、持ち帰った液体を彼らに味見させました。

 黄帝は杜康の報告を聞き、彼の持ってきた液体を飲むと、すぐに大臣たちに集めてこの事を協議しました。大臣たちは、この液体は穀物の(凝縮された)源の気だと声を揃えました。そして、皇帝はこの液体が飲めると確認されると、黄帝はまた、この液体に名前をつけるよう大臣たちに命じ、ある大臣が「酒」と命名。こうして、「酒」が誕生しました。その後、人々は杜康を記念するため、彼を敬い「醸酒の始祖」と称し、杜康という名前も美酒の代名詞となったのです。

キーワード:東京、池袋、中国語教室、中国語、東京、池袋、中国語教室、中国語、東京、池袋、中国語教室、中国語